鳥取マラソン2011

鳥取ラソン2011。初のフルマラソン
なんとか完走。タイムは4時間16分。
今日のライバルはとある美ジョガー。自分とペースが似通っていて、20キロ地点までほぼ併走状態。最初は気にしてなかったが、あまりにも一緒に走ってたので、だんだんライバル視するようになってきた。
20キロを超えた辺りから、なぜか美ジョガーが見あたらなくなり、少し心配になったが、ハーフ経験しかない自分にとってここからは未体験ゾーン。他人を気にする余裕はなかった。30キロ地点くらいから待ち受けていたのは、これまでに経験したことのない足の激痛。体力は残ってるんだけど、足がついてこない。あと12キロを走れるとは到底思えない程の激痛で、途中で止まるのはすごい悔しかったが、端によってストレッチを慣行。すると、先ほどまで並走していた美ジョガーが追い越していった。リタイアしてなかったことに安心したけど、同時に負けたくない思いが込み上げて、気合を入れなおし再走。残り12キロ。ここからは片道5キロの直線道を往復する地獄の一本道だった。
見渡すと周囲のランナーは皆、バンビちゃん状態。生まれたての小鹿の足取り。美ジョガーの方も先ほどまでの快走とは打って変わって明らかにペースダウンしていた。間もなく美ジョガーもバンビちゃん状態。ここからは、お互い自分との戦いだったと思う。路上で応援してくれてたスポーティなお兄さんが「折り返しまでいくと楽になれるから!!」とヘトヘトランナー達を勇気付ける。自分もその言葉に感化され、ニヤっと笑ってペースを上げる。それを見たスポーティ兄さんが「いいね!!上がってるね!!」とさらに勇気付けてくれた。が、調子に乗りすぎ、足が痙攣してリアル転倒。通勤中にマジゴケするのとは違い、まったく恥ずかしくはなかった。気が付くとまた、美ジョガーの姿は見えなかった。残り7キロ、折り返し地点に差し掛かかった。対向車線のランナーを横目に突っ走っていると、美ジョガーの姿がそこにあった。もうここからは、お互い完走したいと心底思っていた。折り返しを過ぎると、悪魔の収容車が自分を横切った。自分の目の前で収容車に乗り込んだ者もいた。自分のスピリッツは死んでなかったので、その収容車とできるだけ目を合わせないようにした。が、足が痛すぎて、何度も歩いてしまった。何度走り直しても、止まってしまう状態。もはや気力で乗り越えるしかなかった。そうこうしている間に残り5キロ地点。光が見えたような気がしてもう歩かないと決心した。この決心が最後まで守れたのは、今大会の自分を褒められるポイント。
残り2キロ地点くらいで、美ジョガーが自分を一瞬追い抜いた。美ジョガーのスピリッツもまだ死んでいない。歩かないことを決めたときから、差がついていたのは確かで、途中後ろを振り返った時にはかなりの後方にいたはずだ。自分は一切ペースダウンしてなかった。それが、いつの間にか追いついて、更には追い抜かれた。この美ジョガーの精神力の強さには度肝を抜かれた。自意識過剰かもしれないけど、美ジョガーにとって、自分は少なからず良い結果を出すためのゴースト(マリカーに出てくる目標のやつ)になっていたのだと思う。この美ジョガーの真っ向勝負に受けてたとうと勝手に思い、残り2キロで自分もペースアップ。これは、昨年、競輪選手(関係者)と自分との関係が逆転したような感じだった。そこからは足の痛みも感じず、短い間だたけど、伊勢マラソン以来のハイな状態になった。気持ちよかった。そしてなんとかゴールした。美ジョガーは、自分の3人後ろぐらいでゴールして、何とか共に完走できたことに安心した。ちょっとくらい声をかけたかったけど、流石に全く知らない人だったので躊躇したけど、心のそこから、お疲れ様と、完走おめでとうを言いたい気持ちになった。美ジョガーのスピリッツとっても素敵やった。
あと、長々とこれを読んでくれた人はもうお気づきかと思うけと、4時間以上もほぼ一緒に走ると、流石に「惚れてまうやろーーっ!!」。以上、初フルマラソン体験記。

3・11の悲しい出来事で、日本中で様々な催し物が中止さている。節電するのも、募金するのも、催し物を自粛するのも、個人が本当に被災者を思いやっての行動であれば、効果の有無も、その形も問題にならないと思う。そんな中、鳥取ラソンは被災者へ勇気を届けるというコンセプトを急遽引っさげ慣行された。とても自然体な大会で個人的には、この自然さがすごい好きだった。完走者にバナナが配られたり、スポーツゼリーが配られたりして、余った分を被災者へ送ると、かき集めてた中学生ボランティアが印象深い。思いやりを持ってとる行動は美しい。月並みな表現ですけど、明けない夜はありません。ただ、それと同時に沈まない太陽もありません。私はそのことを思い、本大会ではただ走れる喜びを十分に噛締めることができました。
被災者の皆さん、これから長いけど、必ず夜は明けます。それまで耐えてください。他の皆さん、思いやりをもって、日々の生活で自分にできることで自然に被災者の皆さんに協力できればそれでいいと思いいます。後、被害に合わなかった我々は、沈まない太陽もないことも肝に銘じて、今を幸せに思い、当たり前のことを当たり前と思わずに感謝して今を精一杯生きることに徹するべきだと私は思う。